今回の京都で再会した大学の友人(実際は1つ上の先輩)とは、いつも、思い出話をすると噛み合わない。覚えていることがそれぞれ異なるのだ。だから、繋ぎ合わせると思い出が2倍になるというわけだが!
その友人(先輩)、大学時代に僕が発した、とある言葉を思い出してはいつも励まされているという。実際は僕の言葉ではなく、他の友人Tから僕が言われた言葉。当時、フランス留学を目前にして、何やらクサっていた僕に対しTが「やるべきことは沢山あるんだから、目の前にあることをひとつずつやっていけばいいんじゃない?」と言い、僕は励まされた、ということを、後に、僕がその友人(先輩)に報告したらしい。全然覚えていない。でも、友人(先輩)はそれを覚えていて、今でも思い出しては励まされているという。なんてヤツだ、T!
それにしても、本当に恵まれた学生生活だったと思う。クラスメイトたちは、皆頭が良くて、フランス語を学ぶ意欲に満ちていて、積極的だったし、授業も毎日すこぶる厳しく、でも学生のやる気が活気ある雰囲気を作り出していたし、先生方もそれに応えてくれていた。当時は語学教育に定評があったので、それに恥じないように、厳しい授業が繰り広げられていた。それにより、クラスメイトたちは皆、数ヶ月経つとそこそこフランス語が話せるようになっていた。夏休みが終わり、後期が始まると、フランス人の先生による「フランス語会話」の授業では、先生は日本語を一切使わず、フランス語だけになった。だから、フランス人の先生と授業以外で話す時も、いつもフランス語だった。日本語を話してはいけない、とは全く忠告されていなかったが、フランス語を話すべきという暗黙の了解があった。
皆、やりたいことがあって、それをするにはどうしたらいいのか、他力本願にならずに自分で考えて、それをもってして先生方にアドバイスを請う。周囲は刺激的な人たちばかりだった。休み時間には、よく教授陣の研究室に遊びに行ったものだ。これといった用事もないのに。雑談をするために!
語学は小さなことの積み重ねが重要なので、小テストは頻繁に行われ、厳しかったし、勉強しないとついていけなかったが、ゆえに語学力がすぐに身に付いたことや、勉強と遊びのメリハリ、教授陣への信頼が出来て、何ものにも代えがたい時を過ごした。
成せば成るということを、正に体全体で実感していた頃だ。