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大騒ぎの10連休もあっという間に終わってしまった。1週間程帰省し、またせわしない東京の日常に戻った。そしてバタバタとせわしなく日々を過ごし、僕は来週再び大型連休へと突入しフランスへと赴くのである。帰省と渡仏には共通点があり、僕の胸を締め付ける。

帰省中は東京での日常が嘘のようにのんびりとした時間が流れ、逆に焦ることもある。相変わらず、自宅での筋トレもやったが、これまた相変わらず、ため息付きである。やっぱり筋トレはキライだ。大きなため息を吐かないと始められない。歌の練習もしつつ、家族や旧友との時間に浸かった後の帰京は毎度のことながら晴れ晴れとしない。生まれ育った町を去る時間が近づくにつれ、里心のようなものがついて、後ろ髪を引かれるような思いで飛行機に乗るのである。そして、しばらくその余韻から離れられないまま、東京の人ごみに紛れるのだ。生まれ育った町に残る人、去る人、自分は自分で後者を選び、今や東京での暮らしの方が長くなった。

フランスで過ごす休暇は、もう今やなくてはならないものになった。心が洗われる。良くも悪くも留学していた20歳の頃に戻ってしまう。あの頃よりも断然フランス語力は落ちてしまったけれど、フランスもフランス語も僕を満たしてくれる。それゆえに、帰国するその日は悶々とする。なぜこんなに多くの人がフランスにいるのに、自分はここに留まれないのだろうと真剣に考えてしまう。だからといって、フランスに留まるすべを考えたりはしない。自分がいるべき場所は東京なのだ。

故郷もフランスも、僕はいいとこ取りをしているのだ。だからこそ、去る時、そして去った後のしばらくが切ないのだ。かの地へ赴く前から、最終日を思うだけで憂鬱になる。

話は変わるが、4月は3週間ずっと軽い頭痛に悩まされていた。日常生活を脅かすほどではなく、ほんのりとした痛みで、黙っていれば忘れるほどの軽さだったが、運動をすると痛みは増した。肩こりやストレスから来るもだろうと思いつつも、こんなに長く続くのは初めてで、もしかしたらこれが一生続くのではないかと思ったり、はたまた実は大きな病気の予兆ではないかとも思い、念の為、職場近くの頭痛外来を受診した。

30代半ば位の細身の男性医師は、僕の話を聞きながらパソコンを打つ手を止めなかった。僕が発する言葉を必死に文字化し、一通りの話が終わると、「うーん」と唸った後、この軽い状態が2週間も続いているのであれば大きな病気ではないだろうと、ニコリともせず放った後、スタッフに向かって「○○さん、MRIを」と告げ、用紙を持って来させた。医師は相変わらず僕の目も見ないまま、MRIを受けたほうがいいと言い、用紙に何かを記入し始めた。僕は焦った。まさかMRIを受けるハメになるとは思ってもいなかったのだ。しかもその医院ではなく、別のところに受けに行くことになるという。僕は何とかして避けようとしたのだが、すると医師は初めて僕の方を向いて、少し怒り口調で言った。
「じゃあ、何のためにここに来たんですか?頭痛が治らないから、何か自分でもおかしいと思ったから来たんでしょう?あなたのように、大きな病気もしたことない、普段も病院にかからない、至って健康体の人が何か不調を訴えて来た場合というのは、とりあえず大きな病気が隠れているのではないかと疑うのが我々の常識です。検査を受けて、何か見つかれば治療をする。何もなければそれで安心。MRIを受けることを強くオススメします」
まぁ、言っていることはごもっとも。でも、僕はなんとなく予感していた。「MRIの結果は異常なし、恐らく肩こりとストレスが原因でしょう」と言われることを。何の為にここに来たのか?それは、こんな軽い頭痛が続いていることの原因が知りたかったから。頭痛外来を謳っているのであれば、沢山の症例から、何か情報を得られると思ったから。
「症状の軽さ重さは関係ありません」
医師は言う。僕は仕方なくMRIを受けようという気持ちに傾いていたが、この医師には金輪際診察してもらいたくなかった。患者の目も見ず、意思も尊重せず、話を聞こうという姿勢も見られない冷たい人間に、自分の命を預けようとは到底思えない。

MRIを受けて、何か病気が発覚したらフランス行きもキャンセルだな、などと思いながらも、結局、その日はMRIを受けるにしても夜7時位からしか予約が空いてないことが判明し、これ幸いにと「用事があるからムリ」と突っぱね、コリをほぐす薬を処方してもらうにとどまった。医師は最後に「もし様子を見て、それでも頭痛が治らないのであれば、ウチじゃなくてもいいので、MRIを受けてください」と言った。

それから数日後、連休が始まると同時に頭痛はピタッ!と治まった。

連休が終わり、東京に戻ったらまた頭痛が始まるような気配がしたが、今のところ頭痛はない。東京は忙しい。同じ都会でもパリはのんびりしている(ように感じる)。東京のせわしなさが好きだった20代の頃に比べると、僕も人並みにストレスから解放されて、のんびりとした時間を求めるようになったんだなぁ・・・と感じる今日この頃である。
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