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今日からフランス語通訳コースの夏期講座開始(週1×計3回)。毎度冷や汗たっぷり、たまらないドキドキ感満載の授業で、前期の授業終了から丸1ヶ月ぶりだけど、夏期講座は「トライアル」という副題が付いていて、通常授業よりレベルダウンして、通訳の基礎的なことをやると先生が言っていたので、気楽な気持ちで教室に行ったら、いつもは受講者4〜5人なのに、今回はトライアルだからか15人程もいてビックリ!

トライアルとはいえども、冷や汗ダラダラのドキドキ感は変わらず、訳して「ぜーんぜーん違う!」「そんな言い方はない」「もういいわ、はい次の人」と、件もほろろにされてもへこたれないくらい、心臓に毛を生やさないと続かない…(実際続かない人が多いとか)。

今回の受講者はレベルがそんなに低くないということで、来週からは通常授業と同じようにニュースを題材にするらしい。なんてこった!!せっかく、超基礎的なことをやる授業を楽しみにしてたのにガッカリ。結局宿題もどっさり。「1週間あれば出来るでしょ。毎晩2時間ずつやれば」とサラッと言って今日の授業は終了。

それにしても、人前で通訳をすること自体緊張するのだ。今日は2人ペアになって自己紹介を仏日通訳したのだが、簡単な単語なのに聞き落としたり、誤訳したりと、自分も他の人たちも例外なくミスが結構あった。訳すたびに「やっぱり向いてないかも」と思う気持ちは、10年以上前からずっと変わらない。でも身震いするほど面白いとも思う。

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たまに仕事で翻訳をしなくてはならないのだが、英→日よりも日→英の翻訳の方がはるかにイライラしまくって、脳がくたびれマンボーしてしまう原因ベスト5!

1. 日本語表現が曖昧過ぎて何を言いたいのか分からない(自分で想像しないといけない)
2. 形容詞や副詞がどの単語にかかっているのか不透明
3. 主語や目的語を省略しすぎ
4. 大して意味のないことをダラダラと書き連ねている(本当に困る)
5. (自分にとっては意味不明の)略語やカタカナ語(和製英語)の濫用(いまだに“セレブ”の誤用は受け入れられない…)

でも逆に、書かれているダラダラ文章をバッサ〜リと切って、思いきった意訳をする時は、快楽とも言える爽快気分を味わえる!意訳万歳。

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フランス語学校の通訳コースに週1で通い始めた。一般的な語学の授業と違い、日本語もフランス語も通じればいいわけではないので、訳してない時でさえ、言い回し・文法・発音の間違いは少しも見過ごされず、先生には注意を受ける。日本語の場合は、初めて聞く人に分かりやすいように話すことが原則で、文法的におかしな言い方はもってのほか。フランス語に関しても、発音が間違っていれば必ず言い直しさせられるし、細かい規則を無視すれば(たとえ通じたとしても)指摘を受ける。これぞ正に望む授業であった!!外国人が外国語を話している時、多少間違っていても会話の流れでいちいち直されることはないが、直されないといつまで経っても正しい表現は覚えない。日本語しかり。だから、言葉の面で細かく指摘を受けるのはワクワクして楽しい。ゆえに、今迄いかに適当にフランス語を話していたのかを思い知らされる。

しかし!発音やら表現力やらの問題の前に立ちはだかる問題がある。通訳の授業ゆえ、使用する題材が政治経済のニュースが中心になることは想像に難くなかったが、案の定、今期はフランスの大統領選があったこともあり、選挙のニュースで占められている。一般常識が著しく欠落している僕にとっては、フランス語力以前の問題が大きく立ちはだかっているのだ。フランスの選挙や政治はおろか、こんなところで告白することがとてつもなく恥ずかしいのだが、日本の政治のことさえ知らない。日本語で聞いても分からないことは、フランス語で聞いたら尚更ちんぷんかんぷん。専門用語も出てくる。

そこでまず、日本の政治を詳しく勉強しなきゃと思い、池上彰著『政治のことよくわからないまま社会人になってしまった人へ(増補改訂版)』という本を購入し、ゼロから勉強。これが非常に分かりやすく、今まで無関心だったことを大後悔するくらいよく分かった。オススメの1冊。生まれ変わったような気分だ。

次はフランスの政治体制。今やインターネットで調べれば何でも載っているけれど、大学時代、フランス語学ばかりに関心を集中させていた為、歴史も文学もテストにパスするだけのことしかやらなかった(いわゆる語学バカの典型?いやそれより酷いかも)。大学入学当時購入し、フランスの留学先にも持っていったにも関わらず、全く読みもしなかった本の存在を思い出した。新潮社から出ている「フランス」の本。この1冊には、歴史や文学はおろか、地理、文化、美術、音楽、建築、ファッション、映画などフランスにまつわるありとあらゆることが専門家によって書かれている優れものなのだ。広く浅く書かれているので、概要を知る分にはいい。本棚にただの飾りとして立ててあったこの本を、12年ぶりに手にとってみた。「第五共和制」の文字が目に飛び込んできて思わず感激、この本は僕に買われて初めて陽の目を見たことになる。

これからも知識を得る為の努力は欠かせない。10代から20代にかけて、ソッポ向いてたツケが今になってドドッと押し寄せてきている。あの頃きちんと勉強していたら、今はもっとフランス語の勉強に集中出来るのに・・・・・・・・・

と思うものの、一般常識にしろ時事問題にしろ語学にしろ、勉強すれば(努力すれば)必ず報われる。努力しても努力しても報われないかも知れない芸術分野のことを思えば、へっちゃらに思えるし、喜びさえ感じる。何かを始めるのに遅すぎることはない。正にこれから!!

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本来“性癖”という言葉は、生まれつきの性質や、性質上のかたよりを意味するのであるが、最近ではその“性”が性質ではなく、性的な意味での“性”と誤解され、“性的な癖”の意味で使われることが非常に多くなってきた。

でも言葉は生モノ。誤用が転じて市民権を得た言葉は沢山ある。きっとこの「性癖」も、もう市民権を得ているのであろう。そしてそのうち、性的な意味でしか使われなくなるのではないだろうか。

エロい話に絡めて「そういう性癖が・・・」といった言い方をされると、心の中で「性癖とは違うけど」と唱えるに留まるが、僕が性的な意味合いゼロで自分の性格を話す際に「性癖」という言葉を使うと、ニヤリとされ、「エッ?!」と意味深な目つきを送られることが多くなってきたので、使わない方が無難だ。
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Googleマップはどんどん精緻になってきている。そこで思わず入力してしまうのが、かつて自分が留学中に滞在していた家の住所。これがたまらない。胸がギューッと締め付けられるようだ。ストリートビューで家の近所の写真を眺めていると、走馬灯のように当時のことが蘇ってくる。出会った人たちはどうしているだろうか?今やSNSのお陰で繋がっている人も沢山いるが、そうでない人たちの中には、既に亡くなっている人、アルツハイマーになってしまった人もいる。

高校時代にアメリカ(ジョージア州)、大学時代にフランス(ブザンソン)にそれぞれ1年ずつ留学した経歴は、時に誤解を生む。家がお金持ちで、親はやりたいことを全てやらせてくれる理解力と経済力があり、何の苦もなくいとも簡単に留学を実現させ、現地では華やかで楽しい生活を送り、ペラペラになるほどの語学力を身に付け、一度付けた語学力は衰え知らずで、それがあれば世の中渡っていけると思っている・・・などなどなどなど。誤解を解こうとしないのは、十代の頃からの僕の悪い癖かも知れないが、時に息苦しい。

中学3年の時、高校留学に大反対する親を納得させようと躍起になり、1年弱の間、親と戦争のような嵐の日々を過ごしていたことは身内しか知らない。大学時代のフランス留学前には、ロータリー財団の奨学金を得るために、数度に渡る怒涛のような面接・試験・提出を繰り返す。これが果てしなく面倒で辛い。ゆえに「途中で断念する人もいるから、諦めずにしがみついた人の勝ちだから頑張って」と先生に言われた程だが、実際、学費から生活費まで留学中に必要な全ての費用が、返済義務なしで与えられる奨学金なのだから当然といえば当然だ。スポンサーになってくれたロータリークラブの面子を潰さないように、プレッシャーを感じながら幾つもの試験に挑まなくてはならない。応募してから正式な“ロータリー財団奨学生”になるまでには、1年近くを要する。高校時代にしろ大学時代にしろ、やっとの思いで渡航出来たわけだが、バラ色の日々が待っているわけではない。日本にいるよりも、ずっとツライ。毎日が刺激的でドラマティック、というのは実は大変なこと。苦悩の日々が続く。

でもそれは覚悟の上。乗り越えた時に、身に付いているものは語学力以上のものだ。幸か不幸か、母語である日本語を客観的に見る習性が身に付いてしまった。言葉に苦労すれば、言葉に執着心が沸く(好き嫌いは別として)。言葉をファッションとして捉えたくない思いが強くなり、日本語の歌詞に英語のフレーズが意味もなく(しかも時に間違った意味で)入ることに強い抵抗感を覚えるようになった。外国語が出来なくても全て外国語で歌う歌手がいるように、外国語を身につけても日本語だけにこだわる歌手がいてもいい。その日本語は、外国語を身につける途上で得た客観性からくるものだと思うから、無駄にはしていない。

渡米前あんなに好きだった英語が、アメリカで暮らし始めて「得意科目」ではなく、生きていく上での「手段」になった時、日本語と比べると味気ない言語に感じ、来る日も来る日も、まるで暗号を話しているような気になり、更にはこれといった文化のないアメリカに対してもどんどん幻滅しそうになっている自分がいた。そして、英語さえ話せれば世界どこへ行っても不自由しない、不自由すればそれは英語を話せない現地人が悪い、といった英語帝国主義的な態度をとる人たちに対する嫌悪感は20代の時にピークを迎え、「英語」にも「アメリカ」にも心はどんどん縁遠くなっていった。今はもう落ち着いたが、ごくたまに僕自身に発生する留学経験の厄介な副産物との闘いに、孤独とつまらなさを感じることもある。

日本語・英語・フランス語、どの言語が一番好き、というのはない。日本語には文字も沢山あって、奥深い表現があるから好き、という気持ちもない。唯一の母語だから大切にしているという思いだけ。英語がカッコイイとも、フランス語がロマンティックとも思わない。言葉はコミュニケーション上の大切なツール、という冷めた感覚だが、面白いことは沢山ある。

英語圏の学生がフランスに留学すると、ひとつ言語的な問題が発生する。フランスの大学では日常的な言葉として用いられる“ファック”。faculteを短縮したfac=「学部」という意味で、「今から“ファック”で講義を受けてくる」という風にも用いる。
言わずもがな、英語においてFuckとは、一番言ってはいけない言葉。ある時、フランス語に不自由していた学生に「何処に行くの?」と訊かれ、何ともなしに、
「ファック (fac) に行ってくる」と答えたら、
「ファ、ファ、ファ、ファッッッック???」
“ファック”に過剰反応した上、腰を抜かしていた。まさか、大学にFuckしに行く、と思われたのではないか?と今でも思っている。

誤解は解くにこしたことはない。

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昨日、友人たちと東中野の正寿司でとびきり楽しい夜を過ごした帰り、携帯でパソコンに届いているメールをチェックしたら、ケネディー先生からメールが届いていた。彼は、僕が高校2年の時にアメリカ・ジョージア州に1年間交換留学していた学校の、音楽の先生だった。出会いから16年の歳月が流れている。当時は先生と生徒という関係で、しかも親子ほどの年齢差があったにも関わらず、まるで気のおけない同世代の友人かのように、先生の家にお邪魔したり、出かけたり、楽しく交流をしていた。ここ数年は、音信不通になっていたが、当時の留学先の友人たちが多数登録しているFacebookにより、先生とも再び連絡を取り合うようになった。

今回届いたメールをサラッと読んでいたら、奇妙な文面に辿り着き、一語一語を噛みしめるように読み進めた。
来月、テキサス州サン・アントニオに行って、クローフォード先生に会って来ます
クローフォード先生がテキサスに?

・・・クローフォード先生は、ケネディー先生よりも少し年上の女性で、フランス語を教えていた。当時僕はクローフォード先生のフランス語の授業を履修していて、この2人の先生と、更にESL(English as a Second Language = 第二言語としての英語)の先生だったバートン先生とは特に親しく、毎日のように顔を合わせては笑い合っていた。

クローフォード先生はジョージアにいるはずなのに、なぜテキサス?
今、彼女(クローフォード先生)はテキサスにある介護施設に住んでいます
介護施設・・・なぜ?
アルツハイマー病に冒されてしまったからです
体中に寒気が走った。クローフォード先生の声、笑顔、笑い声、ジョーク、英語訛りのフランス語発音、帰国の際にくれた昔のジョージアの絵が描かれたポストカード、先生の家、先生の息子さん・・・次々に蘇ってくる。
まだ50代後半という、人生の中ではかなり早い段階でその病にかかってしまいました。何も覚えられなくなってしまう前に、もう一度会いに行こうと思ってます。クローフォード先生の近況を君が知りたがっていると思い、今回メールしました

今、クローフォード先生は60代前半のはず。50代後半にその病に冒されてしまったということは、若年性アルツハイマーということになる。今の時点でどういう状態なのか、自ら望んでテキサスの介護施設に入ったのか、自分の病を認識しているのか・・・ 今回のメールには記されていなかった。今すぐにでも会いに行きたい想いに駆られるが、気軽に行けるような距離でもない。

ちょうど15年前の今頃、アメリカから帰国する前夜に、友人たちや先生たちをホストファミリー宅に招いてパーティーをした。あの時、皆は口々に僕に別れを告げて、それぞれの家に帰って行った。まるでまた明日学校で会えるかのような気持ちが抜けなかった。なぜ僕が皆に別れを告げられているのか、頭では理解していても、心が追いつかなかった。苦しいことが沢山あったのに、楽しい思い出ばかりのような気がした。バートン先生が去り際に「寂しくなるよ!!!」と大きな声で言った時、僕は自分がもう明日からは、この場所にいないことを認識した。

今度またいつ会えるのか、いつ会いに戻って来るのか、そんなことは考えなかった。きっといつか会えるのだろうと思っていた。でも実際は、この15年の間、誰ひとりとして再会は果たしていない。あの日々を思い出すと、まるで昨日のことにように色鮮やかに蘇ってくる。それは、切ない。

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先週は六本木にライヴを観に行って、その後打ち上げに参加させて頂き、12時前に店を出たので、12時半くらいには帰宅出来るはずだったのに、電車で寝過ごしてしまったが為に結局1時半過ぎの帰宅。

昨日は広尾にイタリアンを食べに行った。その後バーに行ったのだが、程よく酔っ払うと帰りたくなくなる僕。「泊めて〜」と図々しくお願いし、ダブルベッドに3人で川の字になって寝た。失礼致しました。狭い思いをおさせ致しました。ほんでもって今朝は叩き起こされた5分後に家から出されたので、僕はひとり喫茶店で朝食をとることにした。

1年に2回ほど、その喫茶店で朝食をとる。目玉焼き&トーストのモーニングセットを頼み、先に紅茶が来たけれど、メインディッシュを待つこと15分以上。明らかに、僕よりも後から来た客の最低2人は、既に食べ始めている。こっちは時間がねぇ〜。モサッとした男店員をとっ掴まえる。
「まだですか?」
「申し訳ございません。いつもよりも時間がかかってまして・・・」
「順番が逆になってません?」
「えっ・・・順番?それはないですけど・・・」
「(他の客と)順番逆になってますよ!」
「えっ・・・確認して参ります」

そして3分後、モサ男が目玉焼き&トーストセットを手にやって来た。
「申し訳ございません、伝票が出ていなくて・・・」
「ですよねぇ?」
「申し訳ございません」
「明らかに、後に来たお客さんのところに、先に行ってますよね?」
「申し訳ございません」
「おかしいですよね」
「申し訳ございません」
「帰ります」
「はっ・・・」
「20分も待たされて」
「申し訳ございません」

たかがトーストセットに20分も待たされたので時間がなくなり、5分で食べ終えなくてはならなかったのだ。5分もあれば余裕で食べ終わるが、いそいそと慌てながら食べたくない思いがあったのと、拒否するつもりは元々なかったのにモサ男のモサッとした対応にイラついてしまったのとで、食べずに店を出ることにした。

出口のところに辿り着いた時、釈然としないものがあった。モヤッとする。3歩戻り、厨房から料理が出される台のところに居るモサ男に「気を付けて下さいね」と無表情のまま言い渡した。
「申し訳ございませんでした」
釈然としないまま店を出た。何が釈然としないのか?と自分に問うてみる。クレームを出して、怒って、注文したものを食べずに店を出る客を、出口までも見送らない……ことか?

イライラが増す。まぁ、伝票の出し忘れや順番の間違いなんてよくあることだ。怒るほどのことではない。総じて店員の接客が良いとは言えない店だが。

でも、トーストセットを作った人と、トーストセット自体には罪はない・・・。せつない。

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昨日はR様とメキシコ料理を食べに行って来た。メキシコ料理は僕にとって、アメリカ時代そのまんまの思い出の味。と言うと、アメリカに片足でも突っ込んだことのある人ならば、必ず「アメリカでメキシコ料理?っていうか、Tex-Mex(テックス・メックス=テキサスとメキシコ混交の意)でしょ?」と返してくるほど、アメリカにおけるメキシコ料理は、メキシコ料理ではなく"Tex-Mex"だと言うが、そう言われれば、僕だってメキシコ料理は知らないのかも知れない。ほんでもって今日行った恵比寿の「ZONA ROSSA(ソナ・ロッサ)」は、雰囲気もイイし、店の人たちの感じも◎なのだが、Tex-Mexならぬ、じゃぱにーず・メキシカンという感じだった。まぁ、それは口コミサイトで知っていたのだが。僕がアメリカで食べていたものとは、まるで違っていた。正に日本の味!という感じではあるのだが、「何が何でもメキシコ!」を求めなければ、結構美味しいと思う。ゆえに、懐かしい味ではなかった。

そして今日は・・・16年ぶりに友と再会した。高校1年の冬、2ヶ月間我が家にホームステイしていた台湾人(オーストラリア在住)。彼はもう一児の父。今回、台湾への帰省の後、16年ぶりに日本に来たのだ。16歳の時に出会って、それから16年後の再会だ。お互い、ネット上で最近の顔を見ているので、「どんな風に変わっているだろう」という不安はないものの、やはりドキドキした。

「全然変わってないねぇ」と言われた。たまには「変わったねぇ」と言われたいと思うくらい、誰に会っても「変わってない」と言われる僕。少しフクザツでもある。そして僕は彼に「変わったねぇ。太っちゃって!」と申す。彼の日本語は当時よりも遥かに上達していた。日本のドラマや映画を観たりしていると言うので、英語もフランス語もなんら努力もしない僕は、思わず「そういう努力は大切だよね」と言ったら、「努力?ドラマも映画もレジャーだから努力とは言わないよ」と返された。

彼は僕の家にホームステイしていた時のことをよく覚えていた。もしかしたら、僕よりも覚えているかも知れない。特別な日々だったと言っていた。多感な時期の海外生活だ。長さは違うけれど、僕にとってのアメリカ時代のようなものかも知れない。当時日本に持ってきて少し残ったトラベラーズ・チェックをオーストラリアに帰ってから換金出来ず、なんと今回の旅行に持ってきたそうだ。16年越し!!

当時、彼が日本を去る時「また2〜3年後に日本に来る」と思ったらしいが、結局16年もの歳月が流れた。16年は長い。でもあっという間だ。僕は彼と今日再会し、再び別れた。次に会うのは、来年かも知れないし、16年後かも知れないし、30年後かも知れない。もしくは、二度と会うことはないかも知れない。人と人との間に、別れは必ずついてくる。サヨナラはいつも横でスタンバイしているのだ。それが人生だ。出会って別れて、別れて出会って、その繰り返し。手を伸ばせばすぐに触れられるくらい、つい最近のことだと思える遠い過去を想う時、僕の目の前で笑顔だった人々を回想し、僕はとてつもなく、かなしくなる。悲しくなる。哀しくなる。愛(かな)しくなる。

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僕は今日、珍しくも(?)、リラクゼーションの店でドカンと一発、クレームを出してしまった。

以前友達が「ヘッドマッサージが気持ちいい」と言っていたので、やってみたいと思いながらも月日が過ぎ、先月シンガポールでマッサージ店に行った際、ヘッドマッサージのみをやってもらおうと思い予約をしに行ったら、そういうコースはないけれども特別にやってしんぜよう、と僕の希望を聞いてくれた。が、直前になって頭だけでなく全身のコースに変更してもらった。それでも、頭の部分をやってもらった時が一番気持ち良く、もう天にも昇る心地よさだった。どうせならずっと頭だけやってもらえば良かったと思ったくらいだ。あのマッサージのオッサンを日本に呼び寄せたいくらいだ。

そして今日、20分で2千円のコースをやっている店を見つけたので行って来たのだ。受付にいた“やり手”風のお兄さん(僕と同年代)は、名札を見たら“チーフ”だけど、きっとやってくれないんだろうなぁ、と思っていたら、案の定、僕の担当は頼りなさそうな20代の男だった。

椅子に座って前かがみになり、頭を差し出す。すぐにマッサージが始まったが、その瞬間ガッカリ。整体にしてもマッサージにしても、触られたその一瞬で分かるものだ。「もう少し強めでお願いします」と言ったが、ただ強くなっただけ。1分経っても2分経っても、気持ち良さ指数はゼロ。これから気持ち良くなるかも知れない、という期待は持つが、持つだけムダであることは分かっている。不思議だが、下手な人に当たると「なぜ同じことばかり繰り返しやるんだろう、ずっと同じことばかりやるんだろうか」という思いにとらわれる。終わったらこりゃクレームだ、と思った。思わず、「ずっと同じことやってるんですか?」と訊いてしまった。
「あ、いえ・・・これから変わります」
しかし突然気持ち良くなる、なんてことはなく、ただ力まかせに押すか、撫でているだけなのだ。こんなものに時間とお金を遣っていることが心底バカらしくなる。リラクゼーションの店に来て、お金を払って、素人同然の男にただ頭を撫でてもらっているだけ、という状況に次第に腹が立ってきた。プロによる施術を謳うだけ謳って、これでは詐欺同然だ。耐えきれなくなった時、体は起き上がり、僕の口が勝手に動き出した。
「ぜんっぜん気持ち良くないんですけど!」
「あ・・・申し訳、ございません・・・どうすれば・・・」
「今、何分ですか?」
「・・・5分、です・・・」
「5分経ったんですか?それとも、あともう5分ですか?」
「残り5分です・・・あの・・・」
「これじゃ詐欺みたいなもんですよ。お金は戻らないんですよね?」(代金は前払い)
「はい・・・どうしましょう・・・か?」
もう5分続けられたとしても何の意味もないと思った僕は、「もういいです」と言って席を立とうとした。
「他のスタッフに代わることもできますが・・・」
「じゃあ、そうして下さい」

すると、受付にいたチーフが飛んできた。
「どうされましたでしょうか?」
「・・・これに2千円も払うのはバカバカしいですよ」
「大変申し訳ございません。では、担当を交代させて頂きますが、よろしいですか?」
「お願いします」
「20分間、内容は全く同じです。もしそれでも先ほどと同じ、と仰られても、どうすることも出来ませんので、そこはご了承下さい」
その瞬間、僕の感じ方がいけないのかと不安になったが、その不安はすぐに吹き飛んだ。チーフが僕の頭に触れた瞬間、先ほどとは全く違う感触であることは一目瞭然だった。対応しかり、これぞプロによるマッサージ!しかし、20分後顔を上げるのが憂鬱だと思った。それにさっきは言い過ぎたのではなかろうか?(勿論あの施術には全く納得はいかないが)

20分後「いかがでしたでしょうか?」とチーフに訊かれ「バッチリです」と答えた。するとチーフは再び謝罪の言葉を口にした。
「先ほどは申し訳ございませんでした。これからもっと勉強させるように致しますので」
「こちらこそ、無理言ってすみませんでした」
「いえいえ、こうして言って頂かないと、スタッフも成長しませんので・・・」
実際本当にそうだと思うのだ。一番恐いのはクレームも何も、反応を得られないことだ。あの彼は、僕の言葉に傷ついたのではないだろうか?今夜は落ち込んで眠れなくなるのではないだろうか?はたまた、これがきっかけでトラウマとなり、マッサージが出来なくなるなんてことは?!という思いもよぎるが、本気でやっていこうと思っているプロならば、これ幸いとしてその悔しさをバネに、起爆剤として、これから腕を上げていってほしいと思う。本当に。チーフもその彼も、ほんでもって僕も、気を遣いまくり合いながら別れの時を迎え、頑張れ!と僕は心の中で応援した。まぁ、僕は2度とこの店には来ないけれど。最初からチーフがやってくれていたらまた違ったと思うが、1人客を逃しても、それがきっかけで何倍もの客を増やすきっかけになるとも思うのである。僕だって、明日は我が身なのだ。明日じゃなくてもいつもそうだ。

それにしても・・・施術が終わった後、髪が乱れているからと鏡を渡されたのだが、髪の乱れよりも、顔を伏せていたことにより、僕の両頬はまるで赤ちゃんのように真っ赤で、とんでもない状態になっていた。この顔で、クレームも何もあったもんじゃない。恥ずかしさのあまり、髪の乱れも直さずに鏡を返した。

チーフは確かに上手かったけれど、やはりシンガポールのオッサンには遠く及ばなかった。あのオッサン・・・見た目は普通のオッサンだけど、やっぱり相当なやり手だったってことだね。

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自転車のタイヤの空気が抜けてきたら、自転車屋さんに行って空気入れを貸してもらい、自分で空気を入れる・・・っつーのが一般的じゃなかろうか?それが、東京に来てからしょっちゅう目にするのは、50円もしくは100円の自動空気入れ機。最初お目にかかった時はそりゃ衝撃でございました。だって、タダで空気入れを貸してくれるのが世の自転車屋さんだと思っていたのに、空気入れるためにはお金払わなきゃいけないの?と。少なくとも18歳までいた山形でも、22歳までいた京都でも見かけたことはなかった。衝撃ではあったけれど、50円の空気入れ機を勧められた時は、仕方なく50円入れて空気を入れた。

しかし、東京の自転車屋さんすべてが有料にしているわけではなく、きちんと無料で貸してくれる店もたっくさんある。比率で言えば半々くらいだろうか?!こちらにしてみれば、何もそんな空気入れにまで商売っ気を出さなくても・・・と思ってしまうので、感じ良く無料貸し出しをしてくれる店を、僕の自転車での行動範囲あちこちにインプットしている。

今日、自転車のライトが点かなくなったので、自転車屋さんに行って来た。ついでに空気も入れたかったので、少し迷った。一番近い自転車屋さんは、古くからやっている店で職人肌っぽいオジサンがいる。しかし空気入れは100円。その数メートル先にある自転車屋さんは新しい店で、空気入れは無料。どっちに行こうか?と考えあぐねた結果、一番近い職人オジサンを選んだ。今回はライトの点検(もしくは購入)だから、空気入れくらいサービスでやってくれるだろうという魂胆もあった。

ライトが点かなかったのは、電球が切れていたからと判明し、新しい電球を400円で購入。その後「タイヤに空気入れたいんですけど・・・」と申し出たところ、オジサンは一瞬言葉に詰まった後、「じゃあ、今回はサービスで・・・」と浮かない顔で承諾してくれた。はぁ、やっぱり空気入れはタダじゃないんですね。100円なんですね。オジサン、とっても親切な人でしたけど、でもやはり、空気入れを無料にしてくれている店が山ほどあるのだから、どうしても100円を払う気にはなれません。そこんとこ、自転車屋さんの言い分はあるのでしょうかねぇ?

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